【生きる意味(1)】

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先日、娘さんを自殺で亡くされた女性から話を聞きました。
 明るくて気さくな自慢の娘さんだったそうですが、
高校卒業後、大阪に勤めに出たものの、いろいろあったのか、 心の病に罹り会社を辞めて九州の実家に戻って来たそうです。
 
すごくやせて帰ってきた娘が痛々しく、
何があったのか言いたがらない娘に、
余り強く聞くこともできずにいたある日、 突然、娘は命を絶ってしまったそうです。
 
あまりの悲しみと苦しみに耐えられず、同じ年頃の人を見ると今も目をそむけられる、
とのことでした。
 
 「なぜ自殺しなければならなかったのか?」
「なんで止められなかったのか?」
「どうすれば止めることができたのか?」
 
 家族や友人といった近しい人を自殺で亡くした親近者は、 こんなときとめどもなくこんな疑問や後悔や反省が頭の中をグルグルめぐります。
 
 日本の自殺者は約3万人。 日々80人から90人が命を絶たなければ一日が終わらないこの国。
 今まで無機質だった数字が一人の近しい人の死によって、息遣いあるものに感じられ、3万という数が脅威に思えてきます。
 
 【『生きたい』と『死にたい』はまったく同じ】 作家の柳美里の言葉です。
 
カミュは【人間には生きる意味を知りたいという激しい欲求が心の底に激しく鳴り響いている】と言いました。
 
 「生きる意味が知りたい」
「自殺を止める真の希望が欲しい」
 
これは間違いなく多くの人のSOSの叫びでしょう。
そしてこれに答えうるメッセージを人類は希求しています。

 


【生きる意味(2)】

 

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自殺しようとしている人に「自殺するな」と止めれば、
「なぜ自殺はいけないのか?」と反問してくるでしょう。


自殺してはいけないことくらい、
言われなくても誰でもわかっている。
「死んではいけない」
これは学校でも家庭でも何度も聞かされてきた。
周りを悲しませることにもなるだろうし、
迷惑をかけることになるのもわかる。


だけど「死にたい」
「死んではダメだ」
「死にたい」
「死んではダメだ」
眠れぬ布団の中で何度も寝返り打ちながら思いつめた末に、 「死のう」と思っている人に

「死んではダメだよ」と安易 に言おうものなら、「なぜ死んではいけないの?」と聞い
てくるでしょう。


この問いかけに、なるほどと相手を納得させる明確な答えはあるのでしょうか。


「だって大切な命じゃないか」と言えば、
「なんで命がそんなに大切なのか、わからない」と返されますよ。
返してこなくても心の中はそう叫んでいる。


大切な命を粗末にするものではない、とは言われますが、なぜ命は大切なんでしょう。
人の命は重い、とよく言われますが、なぜ命は重いのでしょうか。


「生きる意味を探し続けるのが人生だ」という人あらば、
「探したいのじゃない。真の意味を知りたいのだ」と的外れな答えに呆れられることでしょう。


「生きること、それ自体に意味があるんだよ」といえば、「生きること自体に、どんな意味があるのかと先ほどから聞いているんです」と返されます。


実はこの問いは、西洋哲学2000年の歴史をもってしても

まともに答えた人がいない、大変な難問なのです。

 

 

【生きる意味(3)】

 

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水商売の女性の自殺が一番多いのは年末年始だ、
という記事を読んだ事があります。


普段は家庭を省みない男たちも、
正月には家族の元に戻っていく。
その寂しさと裏切りに耐えられないのでしょうか。

 
その昔、法然上人が土佐に向かわれる途中、
船中である遊女が、仏教を聞きたいとお願いした
という記録があります。

 
人に言えないようなつらいことが多かったその遊女は 「何のために生まれてきたのか」
「なぜこんなに苦しいのに生きねばならないのか」 法然上人に積年の自分の思いを吐露したのでした。

 
70を越えられた法然上人でしたが、疲れを省りみられず、彼女の悩みと真剣に向き合い
切々と仏法を説かれました。

 
遊女は、自分にも尊い生きる意味があることを知らされ、「あの時、自殺しなくてよかった・・」
と感涙にむせんだとあります。

 
2年前、現職の金融担当大臣の自殺が報道されました。愛人との関係が週刊誌で暴露されることになり、その週刊誌の発売日の前日に命を絶ちました。享年73歳。


京都大から官僚となり、国民の代表たる代議士に推され、大臣にまで登りつめた所で、人生の大きな苦難が襲ってきたのです。発覚したら大臣免職、首相の責任も問われる事態は予想できたでしょうし、地元の支援者を失望させ、家族にも合わせる顔もなく、世間中から呆れられ、さげずまれることになる。
今後のことを思うと、さぞ辛かったろうと思います。
特に政治家は人の目を人一倍気にする職業でしょうから、その週刊誌の発売日が一日一日近づくのが恐ろしくて仕方なかったのでしょう、発売日の前日に自ら命を絶ったのです。


それでも、なぜ彼は自殺しなければならなかったのか、
そこまですることないじゃないか、という声も聞かれます。


どんなに恥ずかしくても、どんな屈辱を受けてもなぜ生きねばならないのか、生きねばならぬ「尊厳な生きる意味」があることを彼自身が知らなかった、ということに尽きます。

 
いや、知らないのは当然で、教える人がいなかったからです。
遊女に法然上人が切々と説法されたように、彼の元に現れて法を説く、しかるべき人がいなければならなかった、とやはり思うのです。

 


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